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教室通信『彩色10月号より』

1015歳の男 最終回

「まぁ、まぁ落ち着いて」僕は、老人の右手を強く握った。
隣に座っていた女子高生たちは、怪しげな目つきで僕たちを見ながら、早々に席を立った。
「他のお客様もいらっしゃいますので、もう少し小さな声で……」カウンターの奥からは店のユニフォームを着た男性が走ってやって来た。
「わかった、わかった離せ」老人は、僕の腕を振り払った。そして「マンゴージュース!」そう僕に言い放った。
「お前は、本当のバカだな」マンゴージュースで濡れたひげを手で拭いながら言った。
「さっきからバカ、バカ言ってますが、人をバカ呼ばわりしないでくださいよ。おじいさんが不幸だって言うから、僕もそう思ったんでしょ」
「やっぱりバカだ。いい歳して人の言うことを鵜呑みにしてるんじゃない。今がどれだけ幸せな時代なのかをわからせるために、あえて、あえてだぞ、不幸だと言ってみたにすぎん」
「それじゃあ、今は幸せな時代何ですか?」
「当たり前じゃ。これほど幸せな時代は、わしが生きてきた1,015年間の中で一度もなかった」
「確かに世界に目を向ければ、争いごとも起こっておる。だが、日本におるわしらには現実味があるようでないような、テレビやインターネットの中の別世界のことだと思っとらんか?」
「たしかに。現実に戦争と言ったものに巻き込まれるというイメージはないですね」
「それに不況だ、不況だ、と言っていても、生死を考えるようなレベルにはない。テレビショッピングのほとんどがダイエットに関するものだし、大食い芸人とか店の人気メニューのランキングを当てるまで食い続けなければならない、なんて番組も先日見たぞ」
「でもさ」
「おっ、出たな、お前の『でもさ』には、だいぶ慣れてきた。でもなんだ?」
「うるさいですよ。でもさ、今僕が強く感じているのは、確かに平和な世の中かもしれないけど、これから大人になるに連れ、道を踏み外したら一生を台なしにしてしまうんじゃないかっていう不安はあるし、現実に今浪人中で、既に踏み外しちゃってるのかも?なんて思えるし、今が幸せと軽々しくは言えない気がする」
「『平均台』の上を歩いている、そんな感じか?」
「そっ、そう、まさにそんな感じ」
「平均台の上から下を見ると、真っ暗闇。落ちたら暗闇に真っ逆さま、そんなとこか?」
「そうそう、さすがはじいさん、いやおじいさん。落ちたらもう二度と上がれないかもって思っちゃう」
「1, 015年生きてきたわしが、最後に一つ教えてやろう。実はな、平均台のすぐ下に床がある。だから落ちたとしても、擦り傷か捻挫かそんな程度だ。ちょっと重傷でも骨折程度で済む。落ち着いて周りを見れば、また別の平均台がある。その上に登ってまた歩き始めれば良い。でな、平均台の多くは、途中でとても狭くなったり、時には上がったり下がったりもする。だから、また落ちてしまう可能性が高い。でもな、さっき言った通り、床はすぐ下に必ずある。ケガしてしまったら、治るのを待ってまた別の平均台によじ登ればよい。その繰り返しの中で、自分が生涯をかけて進んでいきたい平均台が必ず見つかる。大切なのは、これという平均台を見つけた時にその上をきちんと歩き続けるだけの力を身につけているかだ。わかるか?」
老人は3分の1ほど残っていたマンゴージュースを飲み干した。
「……力」
「でだな、人が一番力をつけるのは、平均台をよじ登ろうとする瞬間だ。よじ登る回数が多いほど力がつく。だからな、力をつけたければ、方法は一つ。今いる平均台を歩き続けることだ。落ちても、また登って歩く。また落ちても、歩く、これだけで、気がついた時には、相当の力がついている。今浪人中ならば、『浪人平均台』の上を一歩ずつ歩き続けるだけでよい」
「なるほど」僕は、完全に納得とまでは行かないが、少しだけ浪人生活を前向きに捉えられるようになった気がした。

「ところで、僕が浪人中って何で知ってるんですか?」
「今日お前の後ろに座って授業受けておったからな。わしも来春の花の大学生活に向けて浪人平均台の上を歩いている途中だ」
                                    (おわり)







 NPO法人子ども自立支援の会発行










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